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2007年1月17日 (水)

痴漢冤罪 … 必要なのは警察批判だ

『ぼくは痴漢じゃない!』と言ってはいけない?!
: 男ならヒトゴトじゃない、冤罪被害者の手記
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20070112/116840/

典型的な痴漢冤罪についての本の紹介。
痴漢の疑いをかけられて人生を潰される様を描いているらしい。
紹介文からは「何でこんなことになったのだろう?」的な臭いがする。

ここでも大きな問題がある。
警察批判がないことだ。
今の警察の腐れ体質を無視するとしても、連中には「人を裁くこと・権力で拘束することの重さ」を実感させなければならない。
そこの警察署長及び取調べをした警官は、給料を全部没収して無実で逮捕拘束された被害者を補償し、それらの警官はタダ働きで肉体労働させる、ぐらいのペナルティを課すべきだ。
(交通安全協会の要員として、スクールゾーンの交通整理などをやらせれば事故対策として丁度よい。
今は「月 1回しか人を出せない」とか、とぼけたことを言ってるようだし、)

しかも、罪を認めた認めないに関わらず、鉄道痴漢の殆ど全てが冤罪という話もある。
その証拠になるかどうかは知らないが、ビシバシ検挙しているにも関わらず痴漢被害は一向に減っていないそうである。

「痴漢がいなくなると鉄道警察が不要になる。組織の維持のため、検挙数アップの為に、本物の痴漢は見逃しているのだ」と言うと、大抵の人は荒唐無稽な戯言と一蹴するだろう。
しかし状況証拠からして、そこまで言い切るのに十分なのだ。

「否認して争うひとは共通して、『私はやっていないんです。やっていないものを認めるわけにはいきません。名誉とプライドの問題です』といいます。そして、『裁判所で調べてもらえばわかります。だってやっていないんだから』という無邪気な裁判への信頼を語るまっとうで善良な市民が大多数です」と解説の弁護士先生。

裁判所もだけど、警察を無邪気に信頼している人もまだまだ多いようだ。
多くの不祥事や、一般庶民へのふざけた対応など、今の警察の問題はそこここから聞こえてくるのだけど、それでも未だに多大な信頼があるのは不思議でしょうがない。
「アメリカが日本を軍事的脅威から守ってくれる」的な、無根拠な信頼と依存の気持ちがあるのだろうか?
(裁判所にはともかく、警察に対して「無邪気」という表現は甘過ぎだと思うけど、、、 「警察は庶民の敵」ぐらいの認識が必要)

いずれにしろ、この点をしっかり見つめなければ、痴漢冤罪も痴漢被害も永遠になくなりはしない

参考になりそうな記事:
2006年9月26日 (火) そこまで高尚ではないけど、
http://pcastle.cocolog-nifty.com/p_castle/2006/09/post_292e.html

2006年9月17日 (日) 植草氏自身のことは知らんけど、
http://pcastle.cocolog-nifty.com/p_castle/2006/09/post_e1cf.html

2006年6月24日 (土) 今時の警察らしい事件
http://pcastle.cocolog-nifty.com/p_castle/2006/06/post_1725.html

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