今年も来たっ!自動車税
毎年のことながら、またもゴールデンウィーク直前にやってきました。
自動車税の請求。
しかも相変わらず、環境破壊とエラいお役人の贅沢の為の反グリーン税制が10%増しにされています。
全く、、いつまで続けることやら。![]()
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毎年のことながら、またもゴールデンウィーク直前にやってきました。
自動車税の請求。
しかも相変わらず、環境破壊とエラいお役人の贅沢の為の反グリーン税制が10%増しにされています。
全く、、いつまで続けることやら。![]()
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「地球温暖化に抗する」クレージーな地球工学的計画ベスト10:画像ギャラリー
一年中生産が可能な、環境にも問題の少ない超高層の温室を、コロンビア大学のDickson Despommier教授は提案している。農場を屋内に入れ、上に積み重ねていくことで、地面は二酸化炭素を吸収する森林へと転用できるというのだ。
いや、到底間に合わないだろう。
箱物づくりな好きな日本に受注まわせばバンバンつくるかも知れんけど。。
まぁ、ほんの少しだけ食糧問題対策になる程度でしょうな。
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↑のページは、テレビのやらせについて言及されている。
その辺はあちらを見てもらえれば良いが、今回触れるのはその主題ではない。
最近、夫婦喧嘩の番組がやらせだったことが問題になっていたが、関係者たちは業界の常識(エンターテイメントでのやらせ)について、これほどの騒ぎになったことを、かえって驚いているに違いない。スピード違反でつかまったドライバーのように「運が悪かった」ぐらいにしか考えていないに違いない。
(太字は当方の編集です。)
何かにつけてよく言われる例えだ。
公職選挙法違反への言及でも同じ言い方をされた。
#あぁまたか、と思った読者の方。
すみません、またです。(苦笑)
日本語として厳密に考えれば「スピード違反で捕まるのは運が悪いだけ」なのか「スピード違反は立派に悪いこと」なのかは読み取りようがないが、文脈やニュアンスからは「運が悪いだけ」と解釈するしかないであろう。
ましてや、テレビの娯楽番組のやらせなど、法律に触れるようなことではなく、放送倫理の問題でしかない。
それをスピード違反より悪いかのように比較すること自体、スピード違反は警察が介入しなきゃならんほど悪いことではなく、捕まったら運が悪いだけだ、という解釈になる。
この「運が悪い」とされること。えらいおかしくないか??
普通は「違反した者が悪い」か「悪くないものを捕まえる警察が悪い」かのどちらかだろう。
本当に悪いことをしてから捕まったことが「運が悪い」ことなのなら、警察はとんでもない怠慢をやっていることになる。
それこそ本当に悪いのなら、殺人事件も後回しにして全力で全ての違反者を逮捕し、違反行為を押さえ込まなきゃならない。
そこまでして撲滅するようなことではないのなら、それは悪いことでも何でもない。
そもそも多くの人が、捕まったことを運が悪いとしか感じないことを、悪いこととは言わない。そして、その程度のことに(事故にもなってないうちから)警察が介入などしてはいけない。
そして一般国民の方も、警察が介入してはならないことに、介入させてはないないのだ。
その為に、警察の介入についてはもっと皆が文句を言い、声を大にして警察を批判しなければならない。
#一番悪いのが、まわりの人には文句垂れる癖に、警察には文句も言わず簡単に違反金を支払ってしまうことだ。
このことは警察の不当な介入・人権侵害を、正当な行為と認めることだ。
(更には人殺しの片棒を担ぐことでもあるのだが、今回はそこまで言及しない。)
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官not公の時代、なのです
ワタミ社長渡邉美樹の「もう、国には頼らない。」
日経ビジネスオンラインのこの記事、
まずタイトルから突っ込みどころがある。
今現在はまだ「官not公の時代」ではない。
近年は官の信頼はかなり落ちているものの、国民の中ではまだ官に期待する者、官に依存した考えでいる者は相当いるはずだ。
先の郵政民営化でも、反対である人、地方の郵便局が存続するか心配な人は多い。
民間企業は、まずお客さまを獲得しなければ仕事が始まりません。とりわけワタミのような個人客相手の外食ビジネスでは、毎日毎日、顧客獲得競争に明け暮れています。少しでも手を抜けば、あっという間に無数のライバルたちにお客さまを奪われる。そのくらい厳しい世界なのです。
そこで言われているのって、要は娯楽・レジャーの類なんですよね。
たまには家族でちょっと贅沢な食事がしたい、とか、美味しいものをつまみながら友人とまったり過ごしたい、とか。。
で、公的サービスと言うものは、そうした娯楽市場とはまるで正反対のものです。
まずはきちんとして欲しい。
そして皆うちの近くでやって欲しい。当然、引越し先にも行ける場所にあること。
なるだけ安くして欲しい。
内容によっては無料であって当然だ。
果たして上記のような要求に外食ビジネスのノウハウで答えられるのかどうか。。
又、現状では、何かサービスを民営化するにしても、独占あるいは寡占状態でスタートするという問題もある。
サービスの中には、いつの間にか民間委託されていることもある。
そこに厳しい競争などありうるのだろうか??
まー、
ワタミ社長に任せて良いのだろうか?
keep on your easy pace.
みたいに詳しく深く突っ込んでいる所があるので、私からの突っ込みはこれくらいにしておきます。
ところで、↑のブログの、
この辺りのことは、上場企業の社長さんですから、当然知っているでしょうし、考えているのだと思います。
しかし、あえて単純かつ一世代前の議論を持ち出して世間に発表する、、、という行動は、何か裏があるのかな?と勘ぐってしまいます・・・
(この点に関して、推測でも構わないので、どなたか言及していただけると嬉しいです)
うーむ、、単なる売名記事としか思えないですけどねー。
メディアへ名前を出せば、それだけで売上upできるぞ、っとかゆー。。
それとも公共サービスの市場をホンキで狙っているとか?
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トヨタが本腰を入れて欧州制覇に乗り出した
日経ビジネスonline
自動車販売シェア拡大という切り口から見て、トヨタの弱みは見当たらない。
こういう表現がよくされるが、これは適当な表現なのだろうか?
トヨタのシェアが絶対的と言えるほど強いのは否定しようのない事実だが、そこに「死角がない」「弱みがない」という言い方を持ち込むと、何か違うんじゃないかと思う。
「強い」ことと「死角がない」ことはまるで別の話だ。
#尤も、「弱みがない」等と言っても、トヨタ自身は意にも介さないだろう。
全方位でバシバシ、ライバル車を出してブツけていくやり方は、それこそ死角だらけだからだと言えなくもない。トヨタには自覚があるはずだ。
で、どこに死角があるかと言うと、、
今のトヨタには、スポーツカー・スポーティカーの類がないことが問題だろう。
近年はスポーツカー冬の時代とよく言われるが、いくつかは新車でも存在している。
RX-8にランエボ・インプ・シビックR等、、
これらは、数を売ることは到底望めなくとも、メーカーのシンボルのようなものだ。
日本ではともかく、世界で売っていくなら、このようなイメージリーダー的な車があった方が良い。
まぁ、今のトヨタにもホットハッチ(ヴィッツRS)や大排気量セダンなんかがあるが、それらをスポーティカーと言うには無理があろう。
少なくとも私には、セリカもレビトレもMRSもなくなった今のトヨタは、まるで必要のないメーカーになってしまった。
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梅宮パパが恐喝事件に激怒!!!羽賀容疑者は「希代のワル」
goo ニュース
、「ハッキリいいます。(羽賀は)希代のワルです」と怒りをぶちまけた。
まぁ程度は酷いけど、色男とはそんなもの。
きっとアンナは、ああいう男にばかり惚れるのでしょう。
(結構多くの女性がそうであるように、)
お父ちゃんの強権で堅実なブ男をあてがうって手もありそうだけど、それでは浮気で色男にハメられるのがオチだし、、
辰っつぁんの心身は、まだまだ休まることがないんだろーなー。(-o-;)
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TVで大々的に放送していた。
スーパーコンパニオンなるおねぃちゃんとウハウハ楽しんでいたらしい。
本人は捏造と言っているらしい。
しつこく追求されて「上半身までは~」とか言ってるのが大バカもいい所だが、、
まー、マスゴミとも呼ばれる困ったマスコミを疑う身としては、一応は捏造の可能性もあるとは思う。(むちゃくちゃ、ごくわずかな可能性だったとしても、)
普通は、、と言うより、よほどバカでも、自分のむふふシーンを他人に堂々と撮られはしないだろう。
ここまで大々的に写真が出ては、却って偽造・合成の疑いをかけられるのも、ある意味では当然と言える。
それよりも、市長だけが、むふふな楽しみに興じていた、というのも不自然。
そういう楽しみは、公費で観光している腐れ議員どもと共有する、と見るのが自然だろう。
一人の市長ばかりを売る連中。
何か市の役人や議員の陰謀があるようにも見える。
B級ドラマの見過ぎ?(笑)
だから、、
無料で裸の女とあんなことやこんなこと
ヒッキーのタン壷
公費を使ってスーパーコンパニオンと楽しい事したんだってさ・・・
スーパーコンパニオン呼ぶの高いからって公費使うなよな茨城県行方市長さん
という風に、TVの意図通りに素直には思えないんだよなー。。
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私が仕事にかまけているうちに、何やら揉め事があったらしい。
番組内でペコりも…みの謝罪なし
デイリースポーツ online
TBS・MBS系の朝の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」の不二家の不祥事をめぐる報道で、TBSは18日の番組内で、柴田秀一キャスターが「行き過ぎた表現やコメントがいくつかあった」と謝罪した。
ほぅほぅ。
「不二家は廃業してもらいたい」と発言した総合司会のみのもんたに対し、不二家側は番組内での謝罪を求めていたが、みの本人は「テレビできついことを言いました。生まれ変わってくれるとうれしいです」と番組の再生にかける期待を口にし、直接の謝罪はなかった。
頭下げなさそうですからね。
番組スタッフが悪い、手前らで何とかしろ、とでもおっしゃったんだろーなー。。
私としては、みのを切るか、番組打ち切った方が良いのではないか、と思うのだが、、
いくら人気者でも、ああいうデカい面してる者は番組にとっても局にとってもマイナスじゃなかろうか。
この手の番組でいくら注意しても、細かい部分で誤報をやる可能性は常にあるのだし、またやらかした上に みのがあのままだったら、局の損失はエラいことになる。
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関テレ民放連除名 五輪放送は?
sponichi annex
一方、民放連は都内で緊急対策委員会を開き、関西テレビの除名を決定。これにより、同局は来年8月開幕の北京五輪の中継権を共同契約するJCの枠組みからも外れるため、関西地域でフジテレビ系列の五輪放送が見られない可能性が出てきた。
この問題で、民間の放送団体がペナルティを与えるのは問題がある。
あるある大事典の捏造は、多くの局の多くのTV番組でやっていることの一つが発覚しただけに過ぎないからだ。
この問題に対して取り組むべきことは、全ての局が自分たちの番組をチェックし、捏造などおきないように自信を律することだ。
間違っても、関西テレビだけを悪者扱いしてつるし上げることではない。
そのことをよくよく考えていかないと、TV放送は腐っていくばかりだ。
かつてTBSも、オウムの問題で叩かれた。
だが、自身を反省して対策していくことで、ワイドショーの時間帯では他局より好感を持たれるまでになった。
ということは、調子こいてTBSを叩き、自身を律することのなかった局の放送は、視聴者の好感を得られなかったことになる。
それを考えれば、今回の除名も民法全体にとって良いこととは、とても思えない。
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高齢ドライバー 足の確保こそ必要だ
東京新聞
このまま放ってはおけない。高齢者の事故原因はとっさの判断力不足が多く、高速道路を逆走したり、事故当時の記憶が欠けていたという危険な例もある。認知症検査の導入により、本人が納得して“運転卒業”するように家族も説得しやすくなる。そうすれば事故減少に一定の効果が期待できるだろう。
しかし、これだけでは問題は解消されない。山間部の過疎地などには、日常生活に車を手放せない高齢者がいる。鉄道やバスの赤字路線が廃止されたり、買い物先が郊外のスーパーなどへ移っている地域も多いからだ。
まずは事故を増やさないのが緊急課題ってことなのでしょうね。
とにかく制限しろ、免許を取り上げろ的な発想はいかにも警察らしい発想で、大きな問題を抱えてはいますが。(*1)
運転の為の最低限度の能力もない者は、やはり車から降ろすしかないでしょう。
他に良い手立てがあればともかく、、
警察庁の「運転免許制度に関する懇談会」の委員は、地域住民のボランティアによってマイカーで高齢者を送迎する仕組みを提案している。
高齢者が安心して暮らせるようにするために、それぞれの自治体や地域社会で高齢者の移動手段を支援する手だてを工夫したい。
認知症の問題だけではなく、体力的・能力的に運転できなくなる人は増加するでしょうから、 「~工夫したい」ということに反論はない。
それを、認知症ドライバーの緊急問題とごっちゃにしてことを停滞させることに異議があるだけです。
あと、60歳やちょっとで高齢者扱いするのはやめよう。
安易に人を高齢者扱いすることは、人を余計に老け込ませるだけです。
(*1)まず金を取ろうとする。次に免許を取ろうとする。もはや組織で甘い汁を吸いたいだけで、そこに交通状況を良くしようという気概はない。
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先日、労働政策審議会(厚生労働相の諮問機関)の分科会委員である奥谷禮子氏が長時間の労働のなかで過労死が発生しているのに、、、週刊誌のインタビューで
「経営者は過労死するまで働けなんていいません。過労死を含め、、自己管理だと、、思う」。
これはすごい。
「過労死するぐらいの仕事をこなして、なおかつ生きて働け」ってことなんだろーなー。。
それとも、「死んだ者は勝手に死んだだけ」とでも言いたいのだろうか。
そして、分科会では「労働者を甘やかしすぎる、、、」などと発言しているとのこと、、(委員は人材派遣会社社長だそうな、、、)
この社長さんが甘やかされ過ぎていることは良くわかるが、、
あの厚生労働相傘下の委員ですね、、、
更労省が仕事しないで良い理由をつくる為に引っ張り出された人だったというオチ、、ってことでいいのか?
こんなことを言ってるとテレビで流すのは不可能だろうから、影で言い訳するのに使う為の委員なのだろう。
雇用の格差、正社員と非社員(パート・派遣社員・契約社員)との賃金格差は年々増しているでしょう、、、。
あるデータによると、1993年 100対72、 2003年は100対66となったそうです。
このなかでも男性は100対44まで大きく開いたそうです。
この格差の是正は企業が一人でも多くの非社員を正社員へと代えることで減らせます、
負け組男への差別は女性差別よりも酷いという一例ではある。
正社員に移行した場合も、「元」非社員と「元から」社員との格差が開いていくんじゃなかろうか。
少しは差別待遇をやりにくくなるのだろうけど、焼け石に水のような気がする。
そもそも、本来コストが安いはずの非正社員を、もっと安く使おう・給料安くしようという発想が間違いだったりするのだけど。。
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地方の闇~詐偽師Xと夕張市~
まず、そもそもそこまでして地方を救済する理由が判らない。日本全国津々浦々まで人が住んでいないといけない理由が全く不明だ。人が居なくなるなら居なくなったで、放置しておけばいい。
まー夕張は、一時期栄えていたことで、そこを故郷とする多くの人たちが救いたいようなので、民意としては無視できないのでしょう。
民間支援はまだしも、税金で救うのは勘弁して欲しいですが。。
夕張みたいにある程度有名な所はいいとしても、あまり有名ではない所は人知れず放置されていくでしょうね。
全ての場所を救うのは到底不可能だもの。
人の感情を引ける、限られた所だけが救われる、と。
そうなれば、空いた土地を有効に利用しようと考える人間もでてくるでしょう。
民間では多分、誰も利用しないでしょう。
人のいなくなった土地は、民間人が利用するにはコストもかかるし、商売にもならないもの。
で、そうなると空いた土地に、人に嫌われるけど必要なものをつくれるようになる。
自衛隊や米軍基地・原発・高速増殖炉・ごみ処理場・鑑別所 等々。
核燃料を埋める場としても丁度良いだろう。
広い地域に影響が及ぶ、なんてこと国民はあまり気にしないし、、
(自分らのすぐ近くにさえなければいいのだから。。苦笑)
お国にとっては、今がチャンスじゃないかと思う。
老朽化した原発など、今のうちに移設場所を確保しておくべきだろう。
今日び、原野・原林を切り開くような環境破壊をするよりは、かなりマシだろう。
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最近の小学校では「知らない人に挨拶するな」と指導してるの? には私も言及しましたが、、
元記事はおかしいんじゃないの? という論調ですが、コメントに付いている自称親達の意見は「当然だ」の内容が多い。そうですか、じゃあ、ずーっとブザーやら送迎やらに頼って子育てを続けてください。いっそのこと学校なんか行くの止めて、家庭教師にしたらどうですか? 外に出すと危ないから家の中に監禁するのがいいんじゃないでしょうかね。いや、家の中でだって動き回ると危ないから、どこかに縛り付けて、身動き取れなくするぐらいはしないと駄目かもね。自然の物を食べさせると危険かもしれないから、サプリメントとミネラルウォーターとプロテイン辺りで育てたらいんじゃね? あぁ、身の回りの物の殺菌消毒は勿論忘れないようにね。地下シェルターに作った無菌室で遠隔操作ロボットとか使って育てるのが一番なんじゃないかな。もう歩野零二郎の世界だね。職業はマッドサイエンティスト、夢は世界征服って子供になるんじゃね(笑)
コストがあればそこまでしたいのでしょうね。寿命と体が許すなら、一生隔離して我が手に置いておきたい。
知らない人に近づくな、とか、集団登下校なんかは、言わば費用対効果のコストパフォーマンスを見極めている程度。
それがいかにバカなことだろうと、まわりにもっとバカな大人(オトナコドモ?)がいるので、身を守る方向に行かざるを得ない。(できる範囲で、)
別にそれが悪いことだとは思わないけど。
誰だって挨拶より、自分や自分の子供の命の方が大事。
それはどんなにバカでも否定しようがない。
で、知らない人に挨拶したら、世の中良くなるのだろうか。
わざわざ関係ない人の方へのこのこ行って挨拶しなきゃならない?
私、向こうにいるヤクザの人に挨拶してこいって言われたら嫌だなー。。
誰彼かまわず挨拶するのって、教育委員会とか官僚なんか、一部のお偉方にとってだけ美しい姿じゃなかろうか。
ああいう、他人に対してふんぞり返りたい人たちにとって、速攻で挨拶を受けるのはとても気持ちがよいものでしょうから。
極端だって? 発想がどの位馬鹿げているか理解しやすいようにしてやったんだよ。
いや、全然(とゆーか、余計に)理解できないと思う。
そもそも、どうバカなのかが書いてないので、どの位バカなのかを書いても理解のしようがない。
正直、私もあまり理解できてません。
バカなんでしょうね。。
子供を持つ親にとって、何よりも優先するべき事は「子供の命を守る」ことだと思います。
マタキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!!!
そうですか。そうですか。この論理で行くなら、あんたの餓鬼が、それ以外の人間の主観と、防衛本能によって、あんたの餓鬼を爪弾きにし、無視などの苛め的行為に及んでもそれは問題無いってことになります。 いってことになります。さぁ、こいつの餓鬼が本当にこうなったら、どういう反応を示すでしょうか。きっと、「苛めは苛める側に全面的に責任がある」とか、「学校はなんできちんと監督しないんだ」とかって金切り声を上げるんじゃないでしょうかね。もう、あんた最低だよ。親の前に人として駄目だよ。
文脈上、、「あんたの餓鬼を」はミスタイプでしょうか。
で、命を守ったらなんで苛め行為に及ぶのだろう??
苛め行為に及んだ餓鬼を反撃でブチ殺すのはいいから、命は大事にしなくていいってこと???
そもそも「命を守る」ことと「苛めが問題ない」ことと、何がどうつながっているのだろう??
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以前、自転車は歩道を走れと、では歩行者を何処を歩くべき に対して言及記事を書いたが、それからもコメント欄が延々続いているようだ。
やはりと言うか、自分のことではなく他者のことだと、とにかく排除したい人多いね。
こうやって、まわりの人ばかり非難して意味があるのだろうか。
陰謀論と言っては何だが、何者かに踊らされてるかのように見える。
もっと共存を考えよう、と言うことには同意。
しかし、それだけではどうにもならんと言うのも同意。
個々の人がルール(*1)を守ることに期待できないのなら、警察に頑張ってもらうしかない。
その為に税金を払っているのだから、きちんと税金分だけ働かせなければならない。
それも納税者たる国民の義務だ。(いや、せいぜい責務か、、)
警察が、安全に速度超過したドライバーから金を巻き上げることばかり考えないで、自転車でも何でも、本当に危険な者を取り締まって、本当の安全運転を促せば相当改善される話なのだから。
それはそうと、元記事には誤認があったらしい。
あれ、警察庁が先月に纏めた道路交通法改正試案では、「自転車の車道通行の原則を維持しつつ、児童や老人の運転や、車道通行が危険な場合は歩道通行も認める」というものだった筈です。
http://www.npa.go.jp/comment/kouki2/20061229.pdf
>警察庁が、次期国会の道路交通法改正で、自転車を原則車道通行から、
>原則歩道通行へと変更しようとしている。これは事実誤認ではありませんか? 少なくとも原則の変更ではない。
(中略)
投稿 JSF | 2007.01.30 02:52
ということだそうです。
国会でやるのなら、警察庁が動くのではなく、議員が積極的に法案出すべきだと思うけど。。
で、一旦中略した部分を下に引用しますが、
私は自転車に乗ります。ロードバイクやマウンテンバイク、ママチャリの三種類です。この内、歩道走行が原則になるとロードバイクは困ったことになります。この種類の自転車は高速が出る(瞬間的には40km/h、巡航速度で30km/h)のですが、段差に弱く、歩道ではまともにスピードを出せません。そもそも歩道でスピードを出すのは危険極まりない行為です。だからロードバイク乗りは歩道走行への法改正に過剰反応するのです。
スポーツそのものであるロードバイクで、公道をバシバシ飛ばすってことに問題があるような気がする。
車で言えば、200km/Hオーバーで飛ばすようなものではなかろうか。
破壊力は段違いだとしても、自転車でも十分人を殺せる速度域だと言えるだろう。
「車で200km/Hオーバーも出したければサーキット行ってこい」というように、「ロードバイクもサーキット行ってこい」で済ませる方が良いのではなかろうか。
(*1)単純に法律とは限らない。
例えば、歩行者は歩道を歩くもので、車道に飛び出したりするのは迷惑で危険行為だが、法律は相応の罰を加えず、何かあれば一方的にドライバーやライダーのせいにする。
参考: 2007年2月 2日 (金) 自転車は歩道を通るべきか車道を通るべきか、
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また、チョイオタのイメージのトップは「情報通」(48.4%)。以下、「堂々とカミングアウト」(31.4%)」、「新しい物好き」(26.0%)、「ゲーム好き」(21.6%)」と、いずれも好印象な回答が得られる結果となった。
要するに、好印象を持たれる程度にオタク的なアウトプットをうまくコントロールできる人を、チョイオタと言うようですな。
で、この人たちは、決して印象そのままのチョイオタではありません。
少なくとも、2割増でオタク要素を持っていると考えた方がよい。
でなければ、オタクな知識やウデで、人様に好印象を持たれるようなアウトプットはできないからです。
一方、オタクに対しては、「コミュニケーションが苦手」などネガティブなイメージが並び、オタクとチョイオタの違いを「のめり込み度」、「社交性・コミュニケーション」「内面的」という意見が続いた。
オタクを「オタク的な知識・技能に秀でた人」とするならば、コミュニケーションが苦手とか、のめり込み度と社交性とは関連はない。
(一般人の前での)アウトプットの制御や、オタ以外の能力の問題ではあるけど、それ自体はオタク要素とは関係ない。
とまぁ、オタクの一般的な意味に照らし合わせて言ってみましたが、、
ただ、オタク本来の意味は「その手のイッてる人」です。
よって、深いオタクほど悪印象というのは、本来的な意味では間違いではない。しかし、そう言ってしまうとチョイオタとはチョイ印象の悪い者という意味になり、好印象の者はチョイオタとは言わない、ということになってしまいますが、、
要点: オタクという言葉の解釈にもよるが、チョイオタで好印象・オタで悪印象は、同時には成立しない。
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久々に、小町からのネタです。
最近の小学校では「知らない人に挨拶するな」と指導してるの?
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2005/0621/044965.htm?o=0&r=1
先日、母校の小学校に行ったら、知らない生徒さん(らしきおチビちゃん)に挨拶された。
どう指導してるかは、学校(あるいは親?)にもよるのでしょうね。
セキュリティ的には、むやみに知らない人に挨拶しに行かない方がいいと思うけど、、
なぜ挨拶しないのか、(危機意識の問題)
なぜ挨拶するのか。(礼儀の問題 等)
それをきちんと教えてさえいれば、挨拶するしない自体は特に問題ないんじゃなかろうか。
(その辺が、心配と言えば心配ではあるけど、、)
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御代田町の高1自殺:顧問ら、母親を損賠提訴≪原告詳細≫
http://blog.livedoor.jp/yutatakayama/archives/50926923.html
二次被害とは、まさしくこういうことを言うんだろうなー、と思った。
本当、ああいう人たちは、自分らさえ良けりゃ、どんな理屈でもアリなんだろうね。
むちゃくちゃ言っても通じると思ってるのだろうか。
(裁判官にコネでもあれば通じるんだろうけど、、苦笑)
あんな人たちは、それこそ二次被害でしっかり断罪してやらなきゃイカン!
それはそうと、コメント欄の、
あなた方は被害者として、法と正義に則り自らの主張を公にしたのだから正々堂々と実名を挙げて議論して下さい。
名前も顔も分からない人の言うことなど誰も信用しませんよ!
Posted by 法と正義 at 2006年11月18日 06:48
名前や顔がわかった所でデタラメはデタラメ。
信用なんか、到底できやしないけど、、
せいぜい、人並みの度胸があるのが認められる程度ですわ。
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法律上は車道の方を走らなければならないが、それが変わるらしい。
自転車は歩道を走れと、では歩行者を何処を歩くべき
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2007/01/post_1c3a.html
このこと自体は、現状追認と言うことらしい。
実態として歩道を走る自転車が多く、警察でさえそうしているからだそうだ。
だが、タテマエの方の理由付けがズレている。
教えてもらった情報からなのだが、ブログ「松浦晋也のL/D」エントリ”よびかけ:自転車を歩道に閉じこめる道路交通法改正に反対のパブリックコメントを”(参照)が詳しい。
警察庁が、次期国会の道路交通法改正で、自転車を原則車道通行から、原則歩道通行へと変更しようとしている。
これはとんでもない暴挙だ。こんな無理筋の法改正を許してはならない。
この問題については、“自転車ツーキニスト”で有名な疋田智氏が精力的に反対運動を組織している。
疋田氏のメールマガジン「週刊 自転車ツーキニスト」
疋田メルマガから、現状を簡単に簡単にまとめると、警察庁は、自動車の車道における制限速度を引き上げようとしている。そこで邪魔になる自転車を歩道に上げようとしているのだ。
ところが現在の統計では自転車の事故は出会い頭の衝突が多い。つまり歩道を走行していた自転車が車道を横断する時に自動車と衝突するのだ。もちろん歩道の歩行者は自転車に脅かされている。
一番邪魔になってるのは、いいかげんな速度制限だ。
危ない自転車(全体ではないのがミソ)も邪魔ではあるが、通行そのものに邪魔なのであって、「制限速度を上げる」のに邪魔な訳ではない。
そもそも、自転車を語るのに、走る道がどちらか、ってのは、(少なくとも現状では)さほど大した問題ではない。
自転車をデタラメに転がす者が少なくなく、それらをほぼ野放し状態にしているのが問題なのだ。
わき道から出るときに、安全確認しないだけでなく、スピードさえ落とさずに飛び出す者。
歩道では、バカみたいなスピードで歩行者の間を疾走する者。。
(スピード出すな、とは言わないが、歩行者を恐怖させるのは問題外だろう。
車だって、歩行者混在の狭い道路で飛ばす奴は腐れバカだ。)
彼らが小学生レベルの安全確認をし、ものを考えて走るだけで、事態は劇的に好転する。
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またそれか
http://kazus.blog66.fc2.com/blog-entry-1730.html
「殺すつもりなかった」 写真館経営者殺害、少年が殺意を否認
また陳腐な茶番劇が裁判所劇場で始まりました。殺意が有ったのか、無かったのかが争点になる裁判って本当に最悪ですね。こんなことに時間と労力と金をかけるのは、地球に優しくないと思いますよ本当に。
これ、ヤッたのが少年でなかったら、もっと簡潔に裁判が続くのではないでしょうか。
殺人の場合、事例・判例によって殺意の有無・程度が決まるものですから。
裁判を長引かせて、殺意を争点にすることに応じるのは、言わば司法のエコヒイキ。
罪の程度は、法律と判事の良心に従って決めればよい。
しかし、悪意の有無以前に、人殺しをしなくなるまで社会に出すな!
大人の責任と権利がない上に危険人物とくれば、社会から隔離・保護・教育しなきゃならん。
その為の拘束は、量刑とは別にしっかりやらなければならない。
最長何年とかではなく、必要なら一生拘束してでもやらなきゃいかん。
尤も、私自身の考えでは、殺人のような十二分に大人並みの犯罪をやったのなら、それ相応に大人並みの責任と権利で、大人並みの量刑を与えるべきだと思う。
大人並みの権利とは公開裁判。
少年を罰したくない人たちは、それを更なるペナルティと言いたがるが、密室で一方的に裁かれることと比べれば、立派な権利と言える。
(まー、責任という要素もないではないが、)
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マナーと無神経
http://kazus.blog66.fc2.com/blog-entry-1702.html
ところが、どうも世の中では逆の判断をされるようです。典型的なのは多くの裁判で争われる「悪意」の有無。殺人なら「殺意」の有無です。この国の一般的な正義によると、悪意が無いなら罪は軽く、悪意があると罪は重いとなるようです。はて、本当にそうなんだろうか? 条件にもよりますが、例えば人を殴り殺しておいて殺意が無いのは殺意があるより本当に罪が軽いんだろうか。殺意も無く人を殴り殺せるような人間の方が罪が重いんじゃないかと僕には思える。それは未成年や精神障害等の場合も同様。
とは言え、やはり悪意がある方が許しがたい。
しかし、「更生」「教育」に要するコストと、悪意の程度は必ずしも一致しない。
それに、悪意の程度以前に、シャバに戻ったら二度と他人に危害を加えないようにしてもらわなければならない。
大きな問題として、司法が与える罪において、「罰を与え懲らしめる」ことと「更生してもらって社会に復帰させる」ことをごっちゃにしていることが問題なのであろう。
死刑以外の刑では、後者の性格の刑が殆どだろう。
それを悪意の程度で決めるのことについては、大きな問題があると言える。
あくまでも、罪の程度として「悪意の有無は関係ない」には賛成できない。
しかし、更生される為のコストは、悪意の有無・程度とは比例しない。
その意味で、司法が与える量刑が、悪意の程度で増減させるべきではない、むしろ悪意なき場合ほど量刑を重くすべし、ということなら同意する。
しかし、意図して殴って殺すような例で、悪意がない場合があるとは到底考えられませんね。
それは完全に悪意がある事例として扱うべきじゃなかろうか。。
# Kazu'Sさんの所って、便乗し甲斐のある記事が多いですね。(^ ^)
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海外のいじめ対策
http://members.jcom.home.ne.jp/i-network/kaigai.htm
いじめは日本だけでなく、先進国共通の現象です。イギリス、アメリカ、北欧などを中心に、様々な対策によるいじめ防止を図っています。
そーかぁ?
少しばかり外人に関わったこと、話したことがあるけど、皆 一様に「日本人だけがいじめをやる」って言ってたけど、、、
まーいじめをやる構造ってのは、かなり根深いものなので、日本人しかやらないというのはおかしな話ではある。
(外国では差別の方が酷いが、、、
ここでは取りあえず、いじめと差別は分ける。
割と面倒な話になるので、、)
・いじめに関するビデオ、劇、小説を教材として使用
・QC(クオリティー・サークル)活動によるクラスでの討論
・ピカス法、非叱責法とよばれる、クラス単位のカウンセリングによって、いじめがいけないこであることとや被害者の気持ちに気づかせる
・いじめられた生徒のための自己主張・自己表現訓練(アザーティブネス・トレーニング)
・子ども同士のカウンセリング
・学校法廷・いじめ裁判
一見すると日本と大差ないように見えるけど、討論先進国のこと。
そこに言葉で示している以上の何かがあるのかも知れなひ。
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「いじめ」3割が経験 内閣府の保護者調査
http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/061130/wdi061130029.htm
教員、学校、教育委員会に相談したいじめ被害者の保護者のうち9.3%は「いずれも対応してくれなかった」と回答し、一部の現場で誠実な対応がとられていない現状が浮かび上がった。
対応した場合でも、トンチンカンな対応・全くわかっていない対応をし、火に油を注いでいるケースも多い。
これを見ると、日本人の実に7割がいじめで被害を受けた経験がない。
その人たちはいじめで加害者の側にいたか、いじめ行為を横目に冷笑していたか、等である。
そして、そのような人たちが教師になったり親になったりする訳だ。
いじめの本質がわかっている人は、安易には教師になったり子供を生んだりできない。
親教師でいじめの苦しみがわからない人は、7割をもっと超えるという訳だ。
経験のある3割にしても、ただ経験したというだけの人も含まれている。
私の経験の範囲で言えば、本当にいじめで苦しめられた人は、まわりの2割弱である。
自殺を考えてもおかしくない人も、推定だが何人かはいた。が、本当にそこまで苦しめられているのは、1割りもおるまい。
その中で、いじめを克服できた人はもっと限られてくる。
いつのまにか、いじめが減ってなくなっていたと人の方が多いのではなかろうか。
そして、その時の苦しみ・傷がのちのちまで根深く残っていて苦しみ続けている人だっている。
つまり、いじめについての相談は誰にでもできるものではないということだ。
親や担任なんて当てになりはしない。
なんせ、大人になった人の7割強はいじめのことなんかわかりゃしないのだから。
大人・教師の質が悪いということではない。
(いじめの痛みをちゃんと知っている者からすれば、確かに質が悪いが、大人や教師の批判をする多くの人たちも似たもの同士だ。)
日本社会の構造的なものなのだ。
そこをしっかり把握してカウンセラーを揃えていく等しないと、「教師の質を上げろ」みたいな方向に行くと必ず行き詰ることになる。
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先日、力丸ダムに行ってきた。
うちから車で出ると、そう大した距離でもない。
年に何度かはダムの方まで行ってるし、ダムの近くの県道は、気晴らしのドライブでよく通る。
ドライブで出る時は大抵、一人だ。
人様を誘うのなら、ある程度計画しとかなきゃならない。
そこまでご大層なことをしてる訳でもなく、、あまり目的もなくただふらりと出かけるだけなので、殆ど一人で出る。
一人で出ると、あまり人の多い所は遠慮したい。
家族連れやカップルがいっぱいだから。
その点では、力丸ダムはうってつけである。
ただ、遊歩道は閉鎖され、人がいない分、蚊の集中攻撃を受けたり、短時間で野犬がう○こするし、と変わり者が気まぐれで寄る程度の場所でしかないとも言える。
そんな人気のない所は、大物の粗大ゴミを投棄するのにも最適らしい。
投棄ブツは、、セドリックターボ。
私の車よりかなり新しい。(苦笑)
ステレオとか、ステアリング、シフトノブ、ヘッドランプの球など、取りやすくて使えそうなものは外されていた。
タイヤ・ホイールも4輪とも外されていた。
高価なアルミだったのだろう。
エンジンはそのまま残されていた。
3L V6エンジンは重くて外せなかったか。。
このターボエンジンは結構オイシイかも知れない。
Z32の換装用にはどうだろうか???
あとはボンネット、ドア等、事故車の補修品に十分使えそう。
しかし、棄てた奴には一言だけ言いたい。
「免許を持てるいい年なら、手前の車ぐらい、手前で最後まで面倒見ろ。それがイヤなら車なんか持つなや ! たとえ無駄にデカいATセダンでも、、(^_^;)」
あと、警告の看板。
カメラで監視中とまで書かれている。
これで大型のセダンを堂々と棄てられてるとしたら、行政の面目丸つぶれ、ですね。
それでも行政は自業自得だけど。。
(トバッチリを喰らう自然はえらい迷惑)
それとも、大きな投棄物を見て、急場で看板立てたのだろうか。その気になれば、今ならカメラも短期間で設置できるだろうし、、
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先日、こちらの方へコメントしてきました。
tsurezure-diary : 気の小さい大人たち
http://blog.goo.ne.jp/o-kojo/e/42ce4069709ab4bff959683c50895122
最近の小学校では、子供たちに文集を書かせる際に、わざわざ模範的「良い子」的な文に修正させるのだそうです。
で、先生たちは何をビクついてるの? という話に対して、私は「マスコミやなんかでしょ」とコメントしました。
で、マスコミが力を持つのは、マスコミに都合よく踊らされる人たちが多いからなんですよね。
あちらでコメント書いている母御さんのまわりにも、そんな大愚父兄がウヨウヨいる。それが一番の原因なのでしょう。
また、先生たちが減点法で採点されているという面もあるでしょう。
減点法の元では、模範的文集を書かせるようなことも納得できます。
自分たちが減点法で評価されていて、子供たちを減点法で評価するなと言うのは、ある意味無茶な話と言えます。
まー、どうせ処世術を教えるのなら、裏でアカンベーすることも教えてもらいたいものです。(笑)
私は裏表の使い分けがヘタなイエスマンだったことで、人生かなりマイナスに働きました。(人様のせいにするなって? ^_^;)
文集の模範解答はなかったですが、、
幼稚園の頃、「仮面ライダーになりたい」と書いて、以後ずっと笑われ続けてました。
模範解答を提示されて書き直していたら笑われることはなかったでしょうが、話のネタが一つ確実になくなります。
一生の中でどちらがプラスかは、、、何とも言い難いですが、人から見たら模範解答は明らかにつまらないですよね。
そんな私も、中学では選抜文集?? の依頼を受けました。
多分、模範解答の通用しないもので、何を書くにもネタに苦労する私はやむなく裏生活を書くことに。(笑)
あと、上記記事へトラックバックされていた、以下の記事について。
Non-Fiction : いったい何を教育しているつもりなんだろう
http://uchyax.exblog.jp/3566012
おおむね「気の小さい大人たち」に同意の記事です。
ここのコメント欄の
自分の子どもは奴隷になってほしくないので
「自分が正しいと思ったことをして損をするのなら、それはシステムが間違っているのだ。間違ったシステムを変えるためにも、正しいと思ったことは、きちんと主張しろ」という教育をしたら
かなり、あちこちで角を立てる子どもに育ちました(笑)
について。
子供の頃から、システムの良し悪しを判断する癖をつけるのは悪くないと思います。
ただ、道徳や知識がしっかり身についていない時点では危険な面もありますけど、、、自分の嫌なものに対して屁理屈で拒否するだけで、きちんと向かい合わない人間に育ちかねない。ネット上の困った氏たちのように。(苦笑)
まー私なら「損をするのなら」に「真人間の多くが」を付け足します。自分の損しか考えない者は容認しないので。。
ちなみについ先日、角を立ててきました。しっかり立て切れないヘタレぶりでしたが。。(-o-;)
http://pcas
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